行方

使いもしないのにうちにはブラウン管テレビが2台もあった。

使いもしないというのは、使えるのだけど使わないという意味がひとつ、使おうとすればチューナーなどの装置が必要となり、そうするには余計な出費と手間がかかり、そこまでして使おうとする気がない…それならば新しい薄型のテレビを買った方が…いいような気がする。

といったどっちつかずの消極的な理由から、ただ狭い部屋の隅の一角を占有しているに過ぎない使いもしないテレビを重い腰を上げ処分することにした。1台は30キロ以上もある本当に重いテレビでした。

ご存知の人も多いかとは思いますが、テレビをごみとして処分するにはお金がかかります。家電リサイクル法という法律(特定家庭用機器廃棄物から、有用な部品や材料をリサイクルし、廃棄物を減量するとともに、資源の有効利用を推進するための法律)に基づいてしかるべき手順を踏んで処理代金を払いやっと手放すことが出来る…まるで手切れ金が必要な悪質な…いえ、なんでもありません。ごみを捨てるのにお金がかかるということが裏山の林の中に不法投棄される理由なのでしょうけど、リサイクル法の内容を知ると処理にお金がかかるのは仕方がないことのように感じてきます。

悪質な業者や自己都合による不法投棄はやり場のない憤りを覚えます。

うちの2台のテレビはしかるべき手順を踏んで指定回収業者のところへ持ち込み処理代金を払って手放すことが出来ました。

回収業者は高速道路のインター近くにあって、そこは何となく病院や介護施設などに漂うネガティブな空気に似た無情で殺風景な印象を持ったけど、そこで働いてくれている方々がいるおかげで厄介なものが処分できたのでとてもありがたかったです。

ちなみに大きい方のテレビは3,000円ちょっと、小さい方が1,000円ちょっとでした。

無責任のようだけど処分しただけでその行方は分かりません。

ただ、これからは新しいものを購入する際には捨てることも考えなければ…近いうちに消費税が上がると思いますが、消費が美徳だという時代はとっくの昔に終わっているのだ…と強く感じました。

モノを生み出す社会というものが抱えている根源的な問題…

これは社会だけではないのかもしれません。

生命に関しても生み出すという意味では。